深く息が吸えない。
気づくと呼吸が浅くて、ときどき大きく息をつかないと苦しい。寝ても疲れが抜けず、肩はいつも張っている。
こういう人に「深呼吸しましょう」と言っても、あまり意味がありません。その場で一回大きく吸えても、少し経てばまた浅い呼吸に戻る。
浅いのは、あなたが呼吸をサボっているからではありません。
深く吸えない体の構造に、なってしまっているからです。
意志で直すものではない。ここを勘違いすると、一生「深呼吸しなきゃ」と思い続けることになります。
「深く吸って」では、深くならない
まず、多くの人が誤解しています。呼吸を深くする主役は、肺でも、胸でもありません。横隔膜です。
横隔膜は、肺の下にあるドーム状の筋肉です。これが下に縮むと、胸の中に陰圧が生まれ、空気が自然に流れ込む。呼吸とは本来、この横隔膜が上下することで、勝手に起こる現象です。
つまり、深く吸えないというのは、この横隔膜がちゃんと動けていない、ということです。
動けない筋肉に「深く吸え」と号令をかけても、動きません。
だから深呼吸は、その場しのぎで終わる。直すべきは意識ではなく、横隔膜が動ける体のほうです。
肩が高い人は、もれなく「肩で吸っている」
現場で人の体を見ていると、ひとつ、はっきりした法則があります。
肩が高い人、いわゆる怒り肩の人、そして慢性的に肩こりを抱えている人は、もれなく肩で息を吸っています。例外を、ほとんど見たことがありません。
なぜ言い切れるかというと、解剖学的にも、そうなるべくしてそうなっているからです。
呼吸の主役は、本来は横隔膜です。ところが、一日中デスクに向かって背中が丸まり、肩が前に入り、頭が前に出る。この姿勢だと肋骨が広がるスペースがつぶれ、横隔膜が下がる余地をなくします。動きたくても、動けない。
すると体は、別の筋肉で息を吸おうとします。首や肩、鎖骨まわりの筋肉です。斜角筋、肩甲挙筋、上部僧帽筋、小胸筋。本来は呼吸の補助でしかないこれらの筋肉を使って、肋骨を無理やり持ち上げ、なんとか空気を入れる。
考えてみてください。人は一日に、およそ二万回呼吸します。その二万回すべてで、首肩の筋肉が肋骨を引き上げ続けたら、どうなるか。
その筋肉は、休むひまなく緊張し、短く縮み、肩を上へ上へと引き上げていきます。
これが、怒り肩の正体です。肩が凝っているから肩が上がるのではなく、肩で息を吸い続けた結果として、肩が上がって固まっている。
だから、肩こりの人をマッサージでほぐしても、たいてい戻ります。原因が筋肉のこりではなく、呼吸の仕方そのものにあるからです。呼吸が変わらない限り、その肩は二万回、また引き上げられ続けます。
以前「肩こりが治らないのは、脳が恐怖しているからです」で書いた神経系の防御と、この呼吸の代償は、しばしば同じ人の肩の上で重なっています。
しかも、姿勢と呼吸は悪循環する
厄介なのは、これが輪になることです。
姿勢が崩れて横隔膜が動けない。だから肩で吸う。肩で吸うから首肩が固まる。固まるからさらに姿勢が崩れる。そしてまた、横隔膜が動けなくなる。
ストレスも、この輪に入ってきます。緊張したり気が張ったりすると、呼吸は自動的に速く浅くなる。臨戦態勢の呼吸です。それが続けば、浅い胸式呼吸が体の標準設定になっていきます。
気づいたときには、深く吸うほうが不自然になっている。これが、慢性的に息苦しい人の中で起きていることです。
呼吸は、自律神経に手を伸ばせる唯一の入口
ここまでは、少し重い話でした。ここから、希望の話をします。
自律神経は、自分の意志では動かせません。心臓の鼓動を意識で遅くすることも、血圧を下げようと念じることも、できない。緊張して汗が出るのを、意志で止められないのと同じです。
ただ、たった一つだけ、例外があります。
呼吸です。
呼吸は、勝手に行われる不随意の働きでありながら、意識すれば自分でも変えられる。随意と不随意の、ちょうど境目にある。だから呼吸を通してだけ、私たちは自律神経に手を伸ばすことができます。
なかでも効くのが、吐くほうです。
息を吸うとき、体はわずかにアクセル(交感神経)を踏みます。逆に、息を長く吐くとき、迷走神経が働いてブレーキ(副交感神経)がかかる。つまり、吐く時間を長くするほど、体は休息モードに傾いていきます。
これは実験でも確かめられていて、ゆっくり長く吐く呼吸を数分続けるだけで、自律神経のバランスが整い、ストレスが下がることがわかっています。さらに興味深いことに、たった二分ほどの長い呼気の呼吸で、その後の意思決定の質まで上がったという、ビジネス場面での研究もあります。
判断を仕事にする人ほど、呼吸は軽視できない、ということです。
だから、いきなり「大きく吸う」は逆効果になる
ここで、大事な注意があります。
浅い呼吸の人が、いきなり思いきり大きく吸おうとすると、たいてい悪化します。動けない横隔膜の代わりに、また首肩を総動員して吸ってしまうからです。深呼吸したはずが、よけいに肩が上がって、緊張が増す。
順番が、逆なのです。
まず吐く。そして、横隔膜が動ける体を取り戻す。吸うのを頑張るのは、いちばん最後でいい。
戻し方は、三つの順番で
呼吸を「一日十回意識する」で終わらせないために、具体的な順番を書きます。
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一つめ。吐くことから始める。
吸う練習ではなく、吐く練習からです。ゆっくり、長く、吐ききる。吐ききれば、次の息は勝手に入ってきます。吸おうとしなくていい。長い呼気そのものが、副交感神経のスイッチになります。まずは吐く側を長くする。これだけで、体は少しゆるみ始めます。
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二つめ。横隔膜が動ける姿勢に戻す。
呼吸は、姿勢の上にしか成立しません。丸まった背中と巻いた肩のままでは、どんなに意識しても横隔膜は下がれない。だから、固まった胸椎や肋骨の動きを取り戻し、前に入った肩を開く。ここは、ほぐすだけでは足りず、動かして戻す作業が要ります。肋骨が広がるスペースが戻って、はじめて横隔膜は動けます。
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三つめ。腹圧と体幹で、土台をつくる。
横隔膜は、呼吸の筋肉であると同時に、体幹を安定させる筋肉でもあります。お腹の中の圧(腹圧)を保ち、背骨を内側から支える役割を持っている。だから、呼吸を本当に変えるには、動きの中で呼吸と姿勢を連動させて鍛え直す必要があります。これが、機能的トレーニングでやることです。正しく呼吸できる体は、正しく立てて、正しく動ける体と、同じものなのです。
吐く。動ける姿勢に戻す。土台をつくる。この順番で初めて、浅い呼吸は変わっていきます。なんとなく深呼吸を繰り返しても、戻らないのはこのためです。
B-side GYM の考え方
息は、努力して吸うものではありません。
整った体が、勝手に深く吸ってくれるものです。
呼吸は、結果であり、入口でもある
浅い呼吸は、あなたの体と心の状態が出した、結果です。姿勢、緊張、ストレス、その積み重ねが、呼吸を浅くしている。
でも同時に、呼吸は、そこから状態を変えられる入口でもあります。
自律神経に手を伸ばせる唯一の場所。ここを整えれば、肩の力が抜け、眠りが深くなり、頭が静かになって、判断が澄んでくる。呼吸が変わると、その先が連動して変わっていきます。
だから、深呼吸を頑張る前に、深く吸える体を取り戻す。
息は、努力して吸うものではありません。
整った体が、勝手に深く吸ってくれるものです。